神戸市防災技術者の会では2019年2月2日に,「布引公園の災害史を歩く」というイベントを行いました.このときに作成されたコース図があれば,だれでもそのコースを見て歩くことができます.コース図の裏面(次頁)には解説も掲載されています.A3サイズでプリントしてください.(ただしコース図の番号の①,②,③は通常は入場ができません)以下,各コースの見どころです.番号はコース図の番号です.

コース図:https://bosailiteracy.org/wp-content/uploads/2019/02/nunobiki-map.pdf

④ハーブ園の北側からハイキングコースに出ることができます.しばらく14番のコース沿いに歩きやがて尾根筋を北へ.山道が終わり、少し広くなった箇所.右手の斜面地は表土が殆どなくなっています.切土法面と思われます.90度に曲がる箇所正面に12番のフェアウェイがあったものと思われます.(出口から④まで約400m)

⑤7番コース当たり.この辺が平地であることから,計画当初,スポーツ系の広場というような案もあったようです.また,この辺は堆積土の多い箇所です.(④~⑤約300m)

⑥兵庫県施工の砂防ダムが見えます.(銘板がある)この砂防ダムは昭和36年の航空写真に写っていることから昭和42年水害の前に存在していました.ただ,昭和23年の航空写真には写っていませんので戦後の施工であると考えられます.(⑤~⑥約300m)

⑥~⑦~看板までは,斜面の大崩壊に襲われた市ケ原集落の跡です.昭和42年災害の説明板(地図では看板と表示)もあります.⑦のあたりのフェンスの左手(南側)に入ると斜面の下端,9段の段差工の一番下に出ることができます.そこから少し下って集落の方を市ケ原に向かう道に少し戻ると説明板があります.(⑥~集落内看板まで約300m)

⑧布引貯水池に砂が入り込まないように分水工をしている箇所にでます.説明板があります.(集落内看板から⑧まで約800m)

⑨布引断層の露頭があります.断層粘土もはっきりしています.手前には断層の解説版もあります.(⑧~⑨約800m)

⑩中間駅まで小さなお社の横の急坂を上がっていきます.中間駅の東側にでるとそこが最終ホール18番です.クラブハウスは,1番と18番の南側,中間駅の付近にあったもよう.(⑨~⑩まで約500m)

なお,新神戸駅から登る逆コースは,観光要素もあって非常に面白いコースです.実際に行った記録を「布引災害史を歩く-上りコース編」としてブログに掲載していますのでご覧ください.

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