災害から命を守るための3つの要素

これまで,はげ山となった六甲山に植林をし,また,砂防堰堤などの施設を整備して,災害の防災や軽減に努めてきましたが,まだ土砂整備率としては60%ということで,けっして安心できる状態ではありません.まだまだ「ハード」の面では万全とは言えないのです.それならば,どのように対応していけばいいのでしょうか?

平成26年夏の六甲山での土砂災害,それに続く丹波,広島での土砂災害を受けて,神戸市ではその年の9月から「土砂災害対策に関する有識者会議」が開催されましたが,その場で神戸大学名誉教授の沖村孝先生が,次のようなことを指摘しています.すなわち「土砂災害への対策には,施設整備などの『ハードウエア』だけでは不十分で,仕組みや情報の活用などの『ソフトウエア』が重要であり,あわせて『ヒューマンウエア』すなわち,それらの仕組みや情報を活用して市民自らが取り組む『市民力』がきわめて重要」ということでした.この指摘は,減災を考えるうえで基本となるものだと思います.土砂災害や豪雨災害は,突発的に発生する地震よりも,なんらかの予測が可能であることから,積極的に「ソフトウエア」や「ヒューマンウエア」を活用することが効果的です.

土砂災害防止法の成り立ち

土砂災害から身を守るソフトウエアとして,まず,法律について知っておくことが重要です.土砂災害から身を守るための法律が「土砂災害防止法」です.

この法律は,平成11年6月29日に起きた「広島6月豪雨水害」に端を発しています.この日の午後,広島市から呉市にかけて発生した豪雨は,わずか数時間で200ミリ近くが降り,広島市の佐伯区,阿佐北区や呉市などで土砂災害が発生したのです.広島市の被害箇所は,平成26年8月の豪雨災害での被災地のすぐ近くでした.平成11年にも,広島市の新興住宅街で同様の災害が起こっていたのです.平成11年の災害は,土石流等が139箇所,がけ崩れ災害が186箇所にもおよび,死者31名,行方不明者1名,家屋全壊154戸と,大規模なものでした.特に,被害は都市近郊の新興住宅地に集中していました.写真は,そのときの広島市佐伯区の航空写真です.上流の土石流がバイパスの下を通過して住宅地を襲いました.

平成11年6月豪雨での広島市の被害(撮影:アジア航測㈱)

 この災害を受けて河川審議会が開催されましたが,このときに議論になったのは,土砂災害の危険が考えられるような場所にもどんどん新しい住宅地が広がっているが,それを放置していてもよいのかということでした.翌平成12年2月に河川審議会の答申「総合的な土砂災害対策のための法制度の在り方について」が出されました.そこで指摘されたのが「①普段から有効な情報提供や警戒避難措置についての備えに努める必要があること ②安全性が確保されないままに住宅や災害弱者施設が立地することがないようにすること」です.

 その背景にあったのが,「これまでも土砂災害に対応するための施設整備をやってきてはいるが,危険な箇所に住宅地などがどんどん広がっていくのでは,危険個所が増え続けることになる」という危機感でした.これまで災害防止施設の整備に力を入れていた国の土砂災害対策でしたが,この答申を契機に「ソフト対策の重視」ということが強調され,国の施策のターニングポイントとなったのでした.

  この答申を受けて,土砂災害のおそれのある区域について,危険の周知,警戒避難態勢の整備,住宅等の新規立地の抑制,既存住宅の移転促進などのソフト対策を推進する法律「土砂災害防止法」が,平成12年5月に公布されました.この法律に基づいて,危険区域の指定などを推進していたところでしたが,平成26年の8月に,15年前の現場のすぐ近くでその3倍もの人が亡くなるという大災害が発生してしまったのでした.写真は,昨年の広島市安佐南区の災害の航空写真です.この二つの災害の様子が酷似していることがわかります.今一度,平成11年の河川審議会の議論を思い起こすことが重要だと思います.

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平成26年8月豪雨での広島市の被害(撮影:国際航業㈱、㈱パスコ)

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