六甲山の植樹とその変化
明治期に植栽された樹種はアカマツが約半数を占めます.そのため,六甲山の主要な林相はアカマツ林でしたが,時代とともに変化してきています.図は,1982年から2003年までの調査結果で,その20年間でアカマツ林がコナラやアラカシの林に変化している場所です.阪神大水害の後も,どのような樹種が防災にふさわしいかということが大いに議論されようですが,実は,このように,「森林は変化していくものである」ということを理解することが極めて重要です.
アカマツ林に着目した植生の推移
(出典:六甲山森林整備戦略(神戸市))
はげ山は六甲山だけではなかった
以前の「六甲山での土砂災害対策の歴史」の写真でも見たように,六甲山は明治の中ごろまではほとんど「はげ山」の状態でしたが,実は,それはなにも六甲山だけに限ったことではなかったのです.人里から離れた深山幽谷の場所は別として,人里近くの山々は,日常生活のため,あるいは炭焼き,陶器づくり,製塩などの燃料として,山にある木々を利用してきました.その結果,日本国中の多くの山が「はげ山」となってしまいました.そこで,今度は,人々は,山の利用のルールを決めるとともに,植林にも励みました.いったん,はげ山近くになった場合は,雨で表面の「土壌」が流されてしまいます.表面の土壌には,養分や微生物が豊富で,樹木にとっては非常に大事なものですが,それが流されてしまうと木は十分に育つことができなくなります.そのような痩せた土でも生育できる木は「マツ」類でした.そこで,人々は,いったん木がなくなった後で,海沿いの土地にはクロマツを,山にはアカマツを植えていったのです.やがて,日本中いたるところに松林が多く形成され,多くの絵図でも松林が描かれるようになりました.
森林の変化と防災
日本的な風景の代表ともいえる松林ですが,実は,それが日本の原風景ではなく,いったん痩せてしまった土地に松を植えていった人々の努力の結果,日本の新しい原風景となっていったのでした.江戸幕府の崩壊で一時期,入会制度などが崩壊し,日本の山は荒廃が進みましたが,明治の後半になって,六甲山で行われたと同様に,より積極的な植林が日本各地で行われた結果,日本の山は緑豊かな森へとよみがえっていったのでした.
中緯度の温暖な気候の日本では,人々の手ではげ山にされていく以前は,「照葉樹」というシイ類やカシ類などの常緑の樹木が中心の林であったようです.これがいったんはげ山近くにまでなった後,マツを中心とした植林で緑がよみがえりました.しかし,マツは他の樹木に比べて弱いので,だんだん淘汰され,他の広葉樹や常緑樹に置きかわっていきます.まさに今がその過渡期という状態です.そして,今のこの日本を「森林飽和」といってもよいほど森林が発達している時期と評価している森林学者もいます.(「森林飽和」太田猛彦)
樹木の構成の変化というのは,100年単位で考えていかないといけない気の長い話ですが,六甲山の植林を開始してから100年以上が経過して,まさに今,そのようなことについても考えていかないといけない時期がやってきています.神戸市の「六甲山森林整備戦略」(平成24年4月策定)では,樹木構成の変化を考慮に入れた計画が提案されています.具体的には,表六甲の住宅地に近いエリアを「災害防止の森」として位置づけ,「多様な林齢,樹種が混交する森林」に変化させていくとしています.樹種の多様性に欠けた森で照葉樹があまりにも大きくなると,その下の樹木や草は光が入らないために弱っていきます.下の草木が育たないと土壌が裸になり,土砂が流出しやすく,災害には極めて弱くなります.そこで,そのようなことが懸念される場合は,他の樹種の生育を促すさまざまな手法をとることにより積極的に災害に強い林相にコントロールしていこうという計画です.
六甲山は,実は,人の手によって作り上げられてきた「人工の自然」でした.植林開始から百年以上を経て,今や,その「自然」も放っておけば薄暗い荒れた災害にも弱い山になってしまうため,必要に応じて人の手を入れ続ける必要性が言われるようになりました.そのことをしっかりと理解してこれからも六甲山などの「自然」と付き合っていくことが重要です.
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