斜面は森林だけで守れるか?
森林と土砂対策の関係
山に植えられた樹木はどのように防災上の役に立つのでしょうか?樹木が根を張り,土壌としっかり一体化することで,表面の土砂は崩れにくくなります.そして,もう一つ重要なことは,表面の土壌に下草が生え,落ち葉や折れた小枝などが覆いかぶさっているような土壌があることです.もし,そのようなものがない裸の土の上に雨が降れば,雨粒が地表を流れ出します.流れ出した雨水は,最初は幾筋もの小さな溝を作り,やがて,それが,豪雨とともに表面の土砂を大量に削り出すようになります.しかし,しっかりした森林の地表では,下草が生え枯葉が覆いかぶさった「健全な土壌」が覆っているので,雨が降ると,雨水はこれらの被覆物を流れながら,大きな流れになる前に地中に浸み込んでいきます.
国土交通省では滋賀県の田上山(たなかみやま)で裸地と斜面に植栽をしたところとの土砂流出量の比較観察を長期間続けました.そうすると,植栽をした斜面からは,1年間で流出した土砂は1平方キロメートル当たりにわずか1立方メートルしかないことがわかりました.(「田上山における山腹工の施工による植生の復元と土砂流出抑制」 安田勇次 砂防学会誌,Vol.63,No.4,p.44-50,2010)植栽をして健全な土壌がある場合は,雨が降ってもほとんど土砂が削り取られないのです.
このように,斜面の崩壊にとって森林の役割は,非常に重要です.しかも,樹木は自分で成長する生命体であるというところから,災害への粘り強い役割を期待することができます.近年,防災において「レジリエンス(Resilience)」ということが重要であると言われています.レジリエンスとは,もし災害にあってもその被害から早く回復することができる能力というような意味です.災害の被害をゼロにはできないので,その被害を少しでも少なくし,かつ早く回復できるためには,樹木のような生命体の力は重要です.
このように山の防災にとって森林の力は非常に重要ですが,実は,森林の力で守れるのは,表面の斜面崩壊だけです.表面の土壌部分よりも深いところで崩壊が起これば(これを「深層崩壊」といいます)残念ながら,森林の力では抵抗できないのです.そして,六甲山の「花崗岩」は,非常に風化しやすく,また,水で風化が進むため,過去の地震で岩盤に亀裂がいっぱいある六甲山では,非常に深くまで風化していて,深層崩壊が起こりやすいと言われています.深層崩壊を起こすと,斜面が崩れ,その土砂が雨水とともに「土石流」となって流れてしまいます.そのため,これらの被害を食い止めるためには,植林だけではだめで,「植栽を中心として土木工事を加味」した対策が不可欠なのです.
土砂災害を防ぐ施設
斜面が崩れやすいのは,急な角度で土砂がむき出しになった斜面です.このような斜面へは,植生を行いながら,かつ,山の地肌が崩れないような「山腹工」という工事が行われます.植生だけでは崩れてしまうので,コンクリート製の枠で囲んだり,急な斜面には,アンカーやコンクリートでの被覆をしたりして斜面を安定させます.また,急な渓流は川の流れで削られてしまいがちです.そのため,渓流があまり変化しないように「渓流保全工」といって,川底や岸が削られにくくなるような工事をします.
そのような対策をしても,土砂がどうしても谷に溜まってきます.そこで,それらの土砂が流れ出さないようにするもっとも重要な施設が「砂防堰堤(えんてい)」(「砂防ダム」ともいいます)です.これらの砂防施設は,昭和13年の阪神大水害の後,本格的に六甲山に整備されました.その後,表六甲で昭和42年に大きな水害が発生しましたが,それまでに整備した砂防施設が功を奏して降雨量の多さの割には非常に被害が小さくなりました.次の図は,昭和13年水害と42年水害の被害区域の比較です.
昭和13年水害と42年水害の被害区域
(国土交通省 六甲砂防事務所パンフレットの図を地理院地図に重ねた)
被害エリアが縮小しているのがわかります.例えば住吉川の五助堰堤は,昭和42年水害の前に完成していましたが,42年水害のときには,実に12万㎥の土砂を堰き止めました.これが機能していなければ,この大量の土砂が市街地を襲っていったかもしれないのです.また,平成26年8月に赤穂市付近に上陸した台風11号による豪雨のときも砂防堰堤は大量の土砂を捕捉し,まちを守りました.六甲山の砂防施設は,国,県,市の役割分担のもと,砂防堰堤670基,治山ダム1370基,急傾斜地対策事業210か所以上などが実施され,現在も整備が進んでいますが,それでも今現在の土砂整備率は6割とされています.災害から命と財産を守るためには,ハードに頼るだけでなく,土砂災害から命を守るさまざまな施策や対応が必要です.
→ 参考ブログ「PDFの素材を美しく活用する」
→ 六甲山と土砂災害のリテラシーに戻る
リテラシーの部屋
- 地震のリテラシー
- 津波のリテラシー
- 台風・豪雨のリテラシー
- 台風に襲われる日本
- 台風が生まれる季節と場所
- 大阪湾での危険な台風コース
- 高潮のリテラシー
- 雨の降り方を知る 1
- 雨の降り方を知る 2
- 雨水はどんどん集まってくる
- 平成30年豪雨災害 真備町の水害1
- 平成30年豪雨災害 真備町の水害2
- 平成30年豪雨災害 真備町の水害3
- 平成30年豪雨災害 真備町の水害から見えてくるもの
- 被災した真備町を訪問して 1
- 被災した真備町を訪問して 2
- 被災した真備町を訪問して 3
- 被災した真備町を訪問して 4
- 台風と豪雨 2011年台風12号を例に
- 2019年8月九州北部で豪雨 佐賀県大町での災害について
- 2019年8月九州北部豪雨 武雄JCTでの路面被害
- 津波対応のための防潮堤が排水を阻害して浸水:山田町田の浜
- 2019年台風19号と内水氾濫:丸森を例に
- 令和2年7月豪雨での球磨川渡地区での災害
- 裏切られた予測:千寿園の被災
- 洪水最大規模のハザードマップとは何か
- 六甲山と土砂災害のリテラシー
- 阪神大水害-1
- 阪神大水害-2
- 阪神大水害-3
- 水害を繰り返してきた六甲山
- 六甲山での土砂災害対策の歴史
- 阪神大水害以降の六甲山での取り組み
- 六甲山の斜面をどう守るのか
- 六甲山の植樹とその変化
- 斜面は森林だけで守れるか?
- 平成30年西日本豪雨での篠原台の災害-1
- 平成30年西日本豪雨での篠原台の災害-2
- 平成30年西日本豪雨での篠原台の災害-3
- 平成30年西日本豪雨での篠原台の災害-4
- 平成30年西日本豪雨での篠原台の災害-5
- 篠原台研究補論:阪神間モダニズムと住宅地開発
- 布引ハーブ園の災害の歴史1
- 布引ハーブ園の災害の歴史2
- 布引ハーブ園の災害史を歩く
- 土砂災害防止法ができた経緯
- 土砂災害からの避難
- レジリエントなまちをつくる
- 地図で防災
- 自分で作る防災マップ
- 自分で作る防災マップ 1 ハザードを知る
- 自分で作る防災マップ 2 ハザードマップの留意点
- 自分で作る防災マップ 3 危険な場所 役に立つ場所
- 自分で作る防災マップのテキスト
- Google Mapとリンクして使う 1
- Google Mapとリンクして使う 2
- Google Mapとリンクして使う 3
- Google Mapとリンクして使う4 kmlファイルの表示
- 手書きのマップをデジタル化する 1
- 手書きのマップをデジタル化する 2
- 手書きのマップをデジタル化する 3
- Google Mapで場所を共有する
- 「わが家のぼうさいマップ」を作ろう
- 災害に備える
- 阪神・淡路大震災関係資料
- 災害からの復興