水防法の改正

 2015年2月に水防法が改正され,河川や高潮について,1000年に一度クラスの最大規模を示すようにとされ,各地のハザードマップは1000年に一度クラスのハザードを想定した図が公表されてきています.本稿では,1000年に1度クラスというレアリスクが示されることの意味を考えたいと思います.

 この水防法の改正の前段で,国交省で「新たなステージに対応した防災・減災のあり方に関する懇談会」が開催されました.この懇談会の概要の中で次のように示されています.

 すなわち,最大クラスの大雨に対しては「施設」で守りきるのではなく,個人,地方,国の連携で「命を守り」,「社会経済の壊滅被害を回避」しようということでした.そのため,情報を共有し,各レベルでの備えを整えて行こうというものです.

 この懇談会の議論を経て,2015年2月に「水防法の改正」がなされたのでした.概要の中で,下図のように,想定しうる最大規模の洪水や高潮の区域を公表することになりました.これを受けて,全国の河川や海岸で最大規模の洪水や高潮の想定ハザードマップが公表されるようになっています.

最大規模と現実とのギャップ

 では,このように最大規模が出されたらそれで問題は解決するのでしょうか?

 例えば,最近公表された熊谷市から深谷市付近での利根川の計画規模の洪水ハザードマップと最大規模とを比べてみます.下図を見てください.

 この図の1枚目が計画規模(200年に1度レベル),次が最大規模(1000年に1度レベル)です.図は「重ねるハザードマップ」により作成しました.これで明らかなように利根川は,200年に1回の規模の洪水が起こっても右岸側(図の利根川の南側)には洪水は発生しないという想定になっていたのが,1000年に1回の場合は,右岸も3~5m程度の浸水があるとされています.

 ところが「計画規模」というのは現状を示しているのかというとそうではないのです.計画規模は,長期的な河川の整備目標で,各河川ごとに国が決めています.重要度の高い河川は超過確率を大きくとり,そうでない場合は低くしています.利根川は首都を守るため,一番高いレベルの200年に1度クラスを目標にしているのです.兵庫県の加古川では120年~150年,明石川では100年です.

 実際の整備水準は,これに向けて整備を進めているところなので,これよりもレベルが低くなります.下図は明石川での整備水準と計画規模との違いのイメージ図です(神明(明石川等)地域総合治水推進計画(P.17)).一番上の河川整備基本方針のところが「計画規模」,真ん中が中期的な整備目標で当面30年に1度レベルを目指して整備中であることをあらわしています.一番下が現況(明石川の場合は10年に1度レベルは完了しているのでそのレベル)なので,多くの場所では一番下よりは上ではあるが,真ん中レベルにすべてが到達しているわけではない,という段階です.

リスクの各レベルのハザードマップを

 以上,お話してきたように,一口に「洪水」といっても,現状の整備レベル以上の大きな洪水は,リスクに何段階かあることを理解いただけたと思います.自分の家がどのようなレベルの洪水には安全で,どのようなレベルの洪水には浸水してしまうのかということを知らないと,せっかくのハザードマップも意味をなさないと思います.頻繁に浸水するような場合は,引っ越しするなど,リスク「回避」を考えるでしょうが,200年に一度レベルでは浸水しない場合は,リスクは「許容」して,命の安全は最低確保するとかいうような判断も個別には出てくると思います.(高潮についても同様に最大規模のハザードマップが示されています。「大阪湾での危険な台風コース」後半を参照してください)

 そのために必要なことは,各レベルでの危険度を知っておくことです.最大レベルの想定を示したことは一歩前進だとは思いますが,「最大規模」だけにとどまらす,「計画規模」や「現整備段階でのリスク」,それぞれを市民に示すことが非常に重要であると思います.そのうえで,これらのリスクへの考え方やそれぞれのケースでの備えについて,わかりやすい説明が必要であると思います.

※計画規模のハザードマップは国管理河川の場合は,「重ねるハザードマップ」でほとんど表示できると思いますが,県管理の河川は現時点(2021年7月段階)では,最大規模,計画規模ともに,まだ表示されていません.また,高潮については最大規模だけが表示されています.最大規模レベル以外のハザードマップは,県のホームページで入手できる場合もあります.わからない場合,県や市町村に問いあわせてください.(2021年7月追記)