2020年7月豪雨での千寿園の被災状況
「令和2年7月豪雨での球磨川渡地区での災害」で紹介したように,2020年7月豪雨では,特別養護老人ホーム「千寿園」が浸水し,入居者14人が亡くなるという悲しい出来事がありました.これを受けて,国土交通省と厚生労働省が合同で「令和2年7月豪雨災害を踏まえた高齢者福祉施設の避難確保に関する検討会」という検討会を開催しています.
第1回の会合の資料7において,その時の詳しい状況が紹介されています.それによると被災までの経緯は下図のようであったことがわかります.
これによると,前日からの豪雨で,7月4日の午前3時半から避難行動が開始されていました.そして,早朝5時には入居者を別館「まごころ」へ移動させています.本館と別館の位置関係は次の図のようになっています.
なぜ,別館「まごころ」に避難させたのでしょうか?それを理解するには,この場所の土砂災害リスクを知らなければなりません.次の図は,千寿園の場所について「重ねるハザードマップ」で土砂災害の表示をしたものです.
この図でわかるように,千寿園の場所は,すぐ北の沢筋からの土石流の危険がある場所だったのです.そのため,土石流の直撃を逃れられる別館への移動を行ったのでした.もし土石流が発生しても,本館が盾になってくれるので,ここのほうが安全でその選択は土石流へなら正しいものでした.
ところが,そのあとに周囲から水が入ってきました.この別館は,浸水という面では地盤が本館よりも少し低く,しかも1階建てなので,浸水には弱いのです.下図は,Google Mapのストリートビューで,手前右が別館「まごころ」,奥が本館です.
そこで,あわてて,本館の2階へと入居者を避難させようとしましたが,浸水がひどくなるまでに,そこにいた入居者65人全員を上げきることはできずに,14人が亡くなってしまうという事態になったのでした.なお,このときの球磨川の氾濫水位は本館施設の1階の深さ3mまで達しました.
ここで,それではなぜ,浸水のことも考えなかったのかという疑問が出てきますが,それについては次の図に答えがあるように思います.千寿園から球磨川までの断面線上の標高の変化をみてみました.
この図でわかるように,この千寿園の場所は周囲からは高い場所にあります.すぐ南の小学校よりも高いのです.この下の鉄道の近くにある民家まで標高差は7mほどあります.また,下図は,球磨川の「計画規模」の洪水の場合の浸水域ですが,千寿園はかろうじてはずれています(別館「まごころ」は浸水想定区域内.しかし,本館は浸水想定区域外.).「まさか,ここまでは」との思いはあったと思います.しかし,今回の洪水は100年に一度という規模で,ここの場所まで浸水してしまったのでした.
なお,この災害の際の救出行動に関しては熊本日日新聞(2021年1月11日)「高齢者14人が犠牲 老人ホームで何が起こった? 熊本豪雨、関係者の証言」に詳しいレポートが紹介されていますので,参考にしてください.
災害の結果を予測できるか?
以上の経緯で考えさせられることがあります.この災害の「誘因」というのは「7月豪雨」という豪雨ですが,その豪雨が,その土地の「素因」に作用した時に,「土石流」が起こることもあれば「浸水」することもあります.その両方が起こる可能性もあります.
私たちは,このような状況に追い込まれたときに,一つの可能性だけに決めずに,さまざまな可能性に思いを巡らすことができるでしょうか?なかなかむつかしいことだとは思います.せめて,災害が起こる前に,それらの可能性についてシミュレーションできていたら,少しは違う対応になっていたかもしれません.あくまでも,あと知恵の結果論ですが・・・
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