土砂災害からの避難のタイミング

平成26年の広島の土砂災害では,避難情報を発信するタイミングについて,適切であったかどうかの議論が起こりました.広島市の検証の委員会では,もう少し早く避難指示を出せたのではないかという意見も出たようで,新聞紙上ではそのような指摘が大きな見出しで報じられました.しかし,本当に遅かったのでしょうか?図は被災地近傍の気象庁の降雨データ(1時間雨量)です.  災害時の降雨量は,前日の午後7時ごろから少し強い雨が降ったものの,4時間で50~60mm程度で,土砂災害を警戒するほどではありませんでした.そしていったん雨が止み,その夜中の2時前から急に豪雨となって降りだし,4時までのわずか2時間で200mmにもなったのです.そうすると,この2時間あまりで何ができたのかを検証しなければなりません.

このようなことが特定の場所で起こるということが予測できるかどうか,について考えてみましょう.今回の大雨の原因は「バックビルディング現象」によるものと言われています.バックビルディング現象とは,単体の積乱雲ではなく,一定の風向きや前線の位置などの気象条件のもとで,いったんできた積乱雲が上空の風に乗り一定方向に移動しながら雨を降らすとともに,その積乱雲から風上側に降りてきた冷気が,新たに湿気を含んだ暖かい空気を押し上げるような形で次の積乱雲が形成されるという具合に,同じ場所に次から次と積乱雲が発生してしまう現象です.この現象は,様々な気象条件が合致して初めて出現するのですが,いつ,どの場所で新たに発生し,どのくらい続くかまでは,現在の気象予報技術では予測困難といわれています.

このバックビルディング現象の事前の予測は難しいということですから,雨が降りだしてからの措置がどうであったかということが次に問題になります.避難勧告が安佐南地区に出されたのが,雨がほぼ上がった4時30分,避難指示は豪雨がおさまって3時間後の7時58分でした.豪雨の最中には避難情報は出せていませんでした.しかし,時間100ミリもの豪雨の中で,避難勧告を出したとして,どのように行動できたのでしょうか?そもそも,その情報を受け取る手立てはあるのでしょうか.実は,豪雨のために現地は4時に停電しています.テレビや固定電話やFAX(光通信の電話機は停電すると使えません)はもはや役に立たなくなっていたのです.

避難行動について

夜間の避難行動については,特に注意が必要です.平成21年8月の台風9号による佐用町の豪雨災害では,豪雨が激しくなって恐ろしくなった住民が避難をすることを午後8時ごろ決めて,暗い道を家族で手をつないで避難しようとして流されてしまったという悲しい事例があります.暗い中で,道路がすでに氾濫している状態では,安全なルートを見つけることができず,避難することがかえって危険です.広島の場合も,夜中の2時から4時にかけてということなので,建物の中を移動すること以外は,避難行動はかえって危険な状況でした.

そうなると,できるだけ早く避難行動を開始するということが重要です.ただ,平成26年の広島災害の場合は,豪雨とわかったのが真夜中なので,そうすることは不可能でした.それで,次善の策として,建物の中の安全な場所に避難するということが必要になります.実際,この時のものすごい雨の音に恐怖感をいだいた住民が,同じ建物の高くて安全な場所に豪雨の最中に移動して助かったという事例も報告されています.

また,役所が避難指示を出そうとすると,避難所の手当てをする必要がありますが,真夜中に職員を出動させて避難所を開設するというのでは時間がかかります.避難所の開設については,開設準備ができるまで避難指示が出せないということがないように,役所の人間がいなくても近くの住民自らが開設できるように,日ごろから鍵の管理をしたり,外から直接入ることができる入り口を設けたりしておくことが重要になります.

日ごろから自分が住んでいる場所がどのような災害に遭いやすいのか,などをハザードマップなどで事前に知っておくことが,自分の命を守る基本となります.また,豪雨の時に,危険な川まで行かなくても,川の状況を知る手立てを事前に確認しておくことも重要です.多くの川には,川の状況を見ることができる「ライブカメラ」が設置されていてインターネット経由で見ることができるようになっています.

このように,危険が察知されたら早めに避難の行動をとること,その際,できれば地域の連携により,支援が必要な人たちも巻き込んだ行動がとれるようにしていくこと,そのためのソフトウエア(命を守る仕組み)とヒューマンウエア(そのための市民の取り組み)が命を守るために大切です.

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