第2回 台湾の防災制度
フェロー 佐々木孝子
1.台湾における防災制度の整備
前回からずいぶん時間があいてしまいましたが、今回は、台湾の防災に関する制度や事業について説明します。
図1に見るように、台湾の防災に関する制度整備は2000年の災害対策法制定以降大きく進展しました。全土的な「災害防救基本計画(2007)」に加え、仙台防災枠組2015-2030を受け、2016年以降は県市レベルで「地区災害防救計画」が策定されつつあります。
また、921大地震(1999年)とモラコット台風による八八水害(2009)以降、地域防災の重要性が認識され、「防災コミュニティ」構築事業が推進されています。台湾では災害の種類によって管轄省庁が異なり(図2)、「防災コミュニティ」構築事業は各省庁がそれぞれに進めています(表1)。
2.「土石流防災専員」制度
これらの事業の内、水土保持局による「土石流防災専員」制度1)は、「土石流防災アプリ」の開発とともに、住民主体の土石流災害の減災を実現したとして台湾内外で高く評価されています2)。
この制度は、土石流危険区域にある村・里(最小行政単位:町村にあたる)に設置された住民ボランティア防災組織の組織員が、専門知識を学んで降雨時に災害リスクのマネジメントを行うものです。以下、「土石流コミュニティ自主防災の点・線・面(2016、水土保持局)」を参照し、「土石流防災専員」制度の概要を説明します(以下、図表については但し書きのない限り同書による)。
土石流危険区域の村里長を通じて公募されますが、村里長や地域ボランティア経験者等、地域運営への参加に熱心な、いわゆる地域の名士の自薦・推薦になるようです。任期は3年で、優秀と認められると再任されます。2005年度に251名でスタートした土石流防災専員は、2016年度には2,649名(延べ)まで増え、土石流危険区域(685村里)の98%をカバーしたとされます(図3)。
土石流防災専員の任務は表2のように多岐にわたり、応募者は、水土保持局から「土石流防災専員」に任命されるにあたり、訓練課程を受講します。訓練課程では、水土保持局の作成によるテキストを用い、コミュニティの現況把握(土石流ハザードの把握、社会的弱者の名簿作成、防災倉庫・備蓄の確認等)、組織員の役割分担決定(警戒班・誘導班・避難班・収容班)、図上訓練、雨量計測の手順等を学習します。
土石流防災専員制度によって、台風・降雨時の対応は以下のように変化しました。
- 土石流防災専員がコミュニティ内の状況を予め把握し、土石流防災専員と住民が降雨時に情報を迅速に共有できるようになった。
- コミュニティと行政が迅速に情報を共有し、より実態に即した早急な対応が可能になった。
このように、「ヨコの連携とタテの連携3)」が強まったことで、発災前の避難で大きな成果があがっています4)。土石流防災専員間においては、「自分で自分のコミュニティを守る」という実際的な防災意識が育成され、「防災・避難指示はお上の仕事」という受動的な態勢からのパラダイム変換が起きているといえるかもしれません。
一般の住民が土石流防災専員であることを強く自覚し、任務を遂行できる背景には、訓練専用の共通テキストの作成をはじめ、簡易雨量観測計(図4)、報告や情報収集に使われる土石流防災情報アプリ(図5)の開発等、必要な専門知識を住民が容易に会得できるよう技術移譲の徹底的なマニュアル化が行われたことがあります。
こうしたコミュニティ防災の技術の開発やマニュアル化は、大学等の研究機関や官学連携プロジェクトの蓄積によるものでもあり、台湾の防災コミュニティ事業の特徴は、①ステークホルダーの明確な役割分担(政府:資金支援、専門家:技術支援、コミュニティ:主体的アクション)、②人材育成の重視の2点であると考えられます。他方、この制度が住民のボランティアで成立している理由として、「地域を守る」ことが「名士」たちの業績になるということが考えられることも5)、台湾的特徴といえるでしょう。
今後は、土石流防災専員自身の安全の確保や技術の水準の維持が議論されるのではないかと思われます。平常時に土石流防災専員がコミュニティ防災活動の推進にも寄与する例の報告もありますが6)、マニュアルと図上訓練で得たノウハウが平時の実践等、コミュニティの実状に合わせてどのようにローカライズされるのかもさらに注目していく必要があるでしょう。また、防災政策が複数の省庁にまたがって施行される状況で、土石流防災専員制度の知見が他の防災・減災活動に活用されていくかが課題になると考えられます。
(参考文献、サイト)
- 水土保持局土石流防災情報ネットワーク(英語)
- 「水保局が開発した土石流防災アラート、オランダのフォーラムで優秀賞」、TAIWAN TODAY、2019/4/16付, 2019/8/6閲覧、
- 笹田敬太郎・林怡資・佐藤宣子(2015):台湾における山間部土石流危険区域に対するソフト対策の展開と日本への示唆、自然災害科学、34(3)、pp.189-211
- 水土保持局(2016):土石流コミュニティ自主防災の点・線・面
- 李旉昕・矢守克也(2018):トップダウンからボトムアップの防災へ~台湾の「土石流防災専員」を事例に、平成28年度京都大学防災研究所研究発表講演会、京都大学
- 張壹壹(2019):動員石流防災専員回伝雨量在防災応変之成効分析、国立東華大学自然資源與環境学系修士論文