布引ハーブ園の災害の歴史1

神戸防災技術者の会が2月2日に予定している「布引公園の災害史を歩きます」の下見に12月11日に連れて行ってもらいました.

ここは昭和42年災害の前は,なんとゴルフ場だったのです.それが下図のように昭和42年災害で斜面が大きく崩壊しました.

国土地理院空中写真に加筆

 左は災害前の姿,右が42年災害直後の写真です.右の大崩壊のエリアを左にも緑色で表示しました.

国土地理院の色別標高図に崩壊場所のおおむねの位置を入れたのが下の写真です.崩れた土砂は,沢沿いに流れて桜茶屋などを破壊したものと考えられます.

大崩壊の下には集落があったのですが,今は少しなごりはあるものの何も残っていません.今昔マップから昭和42年改測とされた地図(左の地図)と現在の地図を比べてみます.赤丸部分には昔は集落があったのですが,今は完全に消えています.昭和42年の災害で集落が無くなってしまったのです.

50年以上たっても現地にはまだ集落の痕跡が残っています.

この集落の1961年の航空写真(国土地理院)を拡大して見てみると,集落があるのがわかります.この集落が42年災害の後すべてなくなってしまいました.

被災して今は廃墟となってしまった集落については,「布引ハーブ園災害の歴史2」をご覧ください.

なお,神戸新聞でこの時の状況を紹介している記事があります.

世継山の斜面崩壊
https://www.kobe-np.co.jp/…/rokkoug…/201804/0011154015.shtml

斜面下の集落の被災者の談話
https://www.kobe-np.co.jp/ne…/shakai/201707/0010354032.shtml

2月2日は,森林整備事務所秘蔵の資料などをもとにその災害をひもといていこうというイベントです.現地を歩いて災害を学びましょう.

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