これからの真備町の復興について,これまでの経験から,少し考えてみたいと思います.災害からの復興に際しては,二度と同じような災害に遭わないために,以前のまちの脆弱性を克服して,より安全なまちになっていくこと,そして,その過程の中で,被災した市民の生活が再建でき,そしてできれば,その町に多くの人が戻り,災害前以上の活気を取り戻したいというのが被災地としての願いだと思います.その際に,考えておく必要があるのは,「復興の構造」です.

復興の構造:二つのパターン

 災害からの復興について,阪神・淡路大震災の復興過程を研究した林春男は次のような図を提案しています.

図1 災害からの復興構造1

 この図は,個々の被災者の生活の再建のためには,まず社会基盤が復旧することが不可欠であり,その土台の上に,「経済の再建」と「まちの再建」がなされて初めて個人の生活再建が実現されるということを示しています.
 一方,東日本大震災では,林は,この図は次のように書き換えられる必要があると指摘しています.


図2 災害からの復興構造2 (作図は太田)

 津波ですべてを流されたまちは,そこからの復興のために,まず,社会基盤も,まちの再建も,すべて一から作り直さなければなりません.例えば,女川では,中心部は大規模なかさ上げをしてからやっと駅ができたわけですが,このように社会基盤もまちの作り直しと一緒に進めるしかないのです.そして,そのようなすべての再配置ができてはじめて復興が前に進み,被災者個人の生活の再建も達成できることにならざるを得ません.
 そして実は,阪神・淡路大震災の復興においても,いわゆる黒地地域(区画整理や再開発の地域)は,この2番目の復興構造と同じであることもわかります.
 このような復興構造の場合は,社会基盤のやり直しがある程度進むまでは,まちの再建がほとんどできないので,復興の進捗が遅くなってしまい,そのことへの対応も考えていくことが重要になります.

真備町の復興構造

 では,平成30年西日本災害での真備町の復興構造はどのようなものでしょうか?私は,次の図のようになっているのではないかと考えます.


図3 災害からの復興構造3

 真備町での復興で重要な社会基盤は,河川です.まずは,河川の安全性を高めた復旧が再建の大前提になると考えられます.
 真備町では,まちの基本的な産業は農業ですが,これは今現在,かなり再建のめどがたっているようにおもいます.また,ここは水島や近隣都市で働く人のベッドタウンでもありますが,幸い,今回の水害では,周辺都市の被害は小さく,その意味では,経済的な問題は小さいとおもいます.経済の問題では,一時的な人口の減少に起因する商業の再建の問題は十分に注意する必要があると思います.
 まちの問題では,個人の住宅再建が一番大きな課題であると考えます.多くの住宅が浸水したままで,壁,床,天井を剥がしたままで放置しています.これらの住宅の再建が進む方策が非常に重要であると考えます.

個人の財産への支援のための方策

 以上のような構造を俯瞰して思うのは,おそらく,社会基盤のほうは国の資金により,かなり確実にすすんでいくでしょうが,問題は個人財産である住宅や店舗などへの再建資金の問題です.
 阪神・淡路大震災では,公的な資金を投入しにくい個人の財産への支援については「復興基金」というしくみを創出して,支援がなされました.
 東日本大震災でも,金利が低い中で「取り崩し型」という復興基金があてられました.しかし,真備町の復興においてはそのような資金が今のところありません.住宅や店舗は,個人の財産であるとともに,まちの重要な構成要素であり,それが再建されていくことが復興の要になると思います.そこに対して,柔軟な資金提供の方策を考えることが重要であると思います.

住宅再建での官民の協働

 住宅再建について,先日の倉敷市と神戸防災技術者の会との懇談で,神戸で実施された「復興住宅メッセ」が紹介されました.地元民間企業の協力も得て,被災者が住宅再建をするにあたって,ワンストップで様々な要望に応えられるこの仕組みは参考になるものと思います.

     被災した真備町を訪問して 3